システムにひとを沿わせるか、ひとがシステムを磨くか

急行「きたぐに」北陸トンネル火災事故・・・というのが、1972年にあった。
当時10歳だった私も、実に印象深く覚えている。

北陸トンネル内を走行中だった、大阪発青森行き客車急行列車「きたぐに」の11号車食堂車(オシ17形)喫煙室椅子下から火災が発生し、列車が当時の規則に基づいてトンネル内で停車した。しかし、密閉された空間であるトンネル内だったことから、乗客・乗務員の多くが一酸化炭素中毒にかかり、30名が死亡、714名が負傷した。

近年の福知山線尼崎脱線事故と同じくらい、ショッキングな事故だった。
当時の運転規則では、火災などの異常を感知したら、すぐ停車しろ・となっていた。
しかしもし、そのまま走り続けて、トンネル外に出てから停車し、避難・消火していたなら、犠牲者はゼロだったろう・・・という分析と反省から、規則を改定した。
また、火元になった食堂車の石炭コンロの危険性が説かれ、オシ17型をすぐ運行停止。全国の列車から食堂車が急減した。
・・・そんなことまで、よーく覚えている。


数年前、びっくりした。
実は、火元は石炭コンロではなく、普通の客車にも装備されてる暖房ヒーターだった・・・えっ!!!じゃぁ、的はずれな対策をやって、そのまんま撤回しなかったんだ。


そして今日、更にびっくりした。
なんとわずか3年前、同じ北陸トンネルで、こんな事故があったんだそうな。

青森発大阪行き寝台特急日本海」が北陸本線敦賀 - 今庄間の北陸トンネル通過中に最前部電源車から火災が発生。機関士はとっさにトンネル内での停止は危険だと判断し当時のすぐ停車させなければならないという運転規則に逆らい、トンネルを脱出して停車してから消防車の協力を得て消火作業を行い、火元車両焼損だけで無事鎮火させた。このことは、乗客の安全を守る機転のトンネル脱出として好意的に報道された。

えええええっ!!!!!
じゃぁなぜ、その貴重な成功例が、3年後に生かせなかったの?!?!?同僚がやったことだから、「きたぐに」の機関士も当然知ってたよね?!?
その理由に、驚愕。

ところが国鉄は、この物損のみで、犠牲者・負傷者ゼロをもたらした機転の利いた行為を運転規則の改訂に反映させる事無く、「運転規則違反」だとしてこの乗務員を処分した(のちの北陸トンネル火災事故後に行われた運転規則訂正後に処分撤回)。

・・・・・なんと愚かな。



たぶん、このあたりのことも、当時報道されていたことだろう。
でも、僕は忘れ去っていた。
”幸いにも、大事に至らなかった”事例って、簡単に忘れ去られてしまう。
とてつもなく悲惨な結果が起きて、はじめて騒がれる。急遽対策が打たれる。
安心する。そして、打たれた対策が的確だったかどうかなんて、意識の外。
・・・僕自身が、まさにそうだ。
ましてや、このころ生まれていなかったひとは、北陸トンネル火災事故なんて知らないだろう。知っていても実感はなかなかわかないだろう。


なんだか、インフルエンザ対策と似ているなぁ。


鉄道は、人類はじめての、精緻な巨大システム。
創成期から、数々の悲惨な事故を起こしては、その教訓からシステムを改善し、安全度を高め、今に至る。学びの宝庫といっていい。
そんな伝統のある鉄道でさえ、今回、Wikipediaの事故事例をあらためて読んでみると、同じ線区で、同じような事故を繰り返している例が、案外多い・・・。
不具合の兆候や危険性をきちんと見抜き、教訓をしっかりくみとり、的確にシステムを改定しないと、とんでもない事故が起きる。


日本の食品は、米国よりも桁違いで不良率が低い。
それは、なぜか。
どんなに見識のある技術者も、現場に居なければ、不具合の些細な兆候には出会わない。
どんなに熱心な作業者も、見識がなければ、兆候の危険度と打つべき対策がわからない。
とんなに優秀な技術者&作業者も、権限を与えられていなければ、新システムを構想・設計・発注・導入・立ち上げすることはできない。
作業者=技術者=システム構想・発注者 だからこそ、高レベルな品質が保たれている。
それは恐らく、いろんな業界で、そうだろう。
停電がなくて当たり前。電話はいつでも使えて当たり前。車は故障しなくて当たり前。
私たちの生活は、見識が高くて実施力のある無数の作業者に支えられて成り立っている。

ここ10年、仕事に関する僕の問題意識は、ここにある。

現代における労働者は、

(1)システムの設計をする人(システムより上に位置する)

(2)&(3)システムを作る人(システムと同じ位置にいる)

(4)システムに沿って働く人(システムの下に位置する)

という3つの位置に分断されてしまった

この分断が、日本の国際競争力・・・もっと本質的には魅力を、削ぐだろう、と。