勿体無い
私が情けないと思うのは、このお弁当、なかなか残せなくて、頑張って全部食べてしまうことです。
(中略)
頭の中で、「そんなに無理してまでも食べることはないのに〜〜。」
「お弁当全部食べると、明日食事とらなくてもいいかも。そしたら食費が掛からないかも〜〜。」
そんなくだらないことが、浮かんできます。
ああああ〜〜〜〜!!!
この貧乏性、何とかならないかしら!!
本当に情けない・・・
くだらなくって、貧乏性で、情けないですか・・・。
と、いうことは、天然さんは、もっとなにかを大切にするようになりたいんですね!
なにを大切にしたくって、どう振舞いたいんだろう。
くだらない・貧乏性・情けない・・・という、自分で貼ったレッテルに振り回されるのではなく、その向こう側を見る必要があります。
なぜそう感じるのか。ほんとはどんな素敵を創りたいのか。
僕は、出されたものは、よっぽどおなかが痛くなったりしない限りは、残さず食べます。食べ放題ブッフェでも、皿に取ったものは、残さず食べます。たとえしんどくなっても。
我が家からは、残飯はほとんど出ません。残ったものは冷凍・冷蔵して、後日食べます。購入した食べ物を、賞味期限切れで廃棄するなんてことも、ほとんどありません。
なぜそうするか。それは、勿体無いから。
植物や動物が命を捧げてくれ、たくさんの人が労力をかけてくれ、そのおかげで僕の目の前にある、この食べ物。なるべく、無駄にしたくない。
ぼくにとっては、「貧乏性」でなくなることよりも、資源や労力を有意義に活かすことのほうが、ずっとずっと大切です。
なにを大切にしたくて、そうしているかがはっきり見えているから、葛藤しない。
「全部食べるのが正しい」って決め付けてやり方を固定化してるわけじゃないから、より優先順位の高い事項が出てくれば、行動も柔軟に変えられる。
あ、天然さんひょっとして、「全部食べるのが正しい」から、全部食べてるんでしょ。どういう観点から正しいかなんて観ずに。だから、ほかに優先したい事項が出てきたときに、柔軟に対応できない。
天然さんにとって、なにが大切なのか。どんな価値を創造したいのか。
それさえはっきりしていれば、わりきりもできるだろうし、いろんな打つ手も観えてくると想いますよ。
勿体って、本質という意味なんだそうです。
本質を無駄にするから、勿体無い。
勿体無いは地球を救う・・・MOTTAINAIキャンペーンなんてのを、やってますよね。