今の自分を超える(ブレークスルーする)ためのヒント

http://d.hatena.ne.jp/BigLove/20050412にいただいたコメント、じっくり取り上げたいと想い、少しづつ記事にしていきます。

  • 自分がなぜこうあるのか、どう生きたいのか、答えを知っているのは自分だけ

8ヶ月位前にBigLoveさんに合った時、「安らぐ時間とか場所はある?」て聞かれました。「ない」て答えた記憶があります。
思考にとらわれているから、現実をありのままに見ない、感じない、から疲れが取れない、安らげないのでしょうか?

こうでなければならない。こうあってはならないという思い込みといつまでも戦い続けなければならないから、安らげないのでしょうか?

その当否を知っているのは、天然さん自身。どうですか?当たってるみたいですか?
もし「戦い続けなければならない」と本当に想っているのだとしたら、なるほど確かに安らげないでしょうね。
では、どうしたらいいか。ぽっかぽかさんのアドバイスが的確。

戦うより共存した方がラクだと思いますよ。どちらも自分ですから。私から見えるのはBigLoveさんもラスカルさんも色んな部分の自分自身をよく知っていて、その全てを自分自身だと認めている。ここが天然さんとの大きな違いじゃないでしょうか?
誰も天然さんのこと、否定してませんよ。天然さん以外は...

そう、全部自分自身。本当の自分と偽りの自分が居るわけじゃぁ無い。よく自分探しなんて言うけれど、これもそれもあれも、全部自分。気に入るのも自分、気に入らないのも自分。
と、言われても。永年培ってきた癖ですから、ついご自身のことを否定してしまうことでしょう。
そのときは、自分を否定してしまう自分を、受け入れる。受け入れたくなくなったら、受け入れたくない自分を、受け入れる。抵抗せず、降参する。抵抗してしまう自分にも、降参する。
そして。自分のどの部分も、みんな自分に良かれと想って働いている。なぜそう働いてくれているのかがわかり、「ありがとう」と言えたなら最高ですね。


  • 自分がどう生きたいのか、「こと・もの・行動・方法」ではなく「在り方」のレベルでとらえる

私がこのところ感じているのはそれほど人の心は単純ではないと言うことです。

自分の望みを、「こと・もの・行動・方法」のレベルでとらえると、心の働きはしばしば複雑です。心のある部分が望んでいることを、別の部分が抑制し、その抑制している部分を抑制してる部分があって・・・なぁんてこともしょっちゅう。
自分の望みを、「在り方」のレベルでとらえると、ぐっとシンプルになります。


その理由は、こんなふうに語れるかもしれません。
「こと・もの・行動・方法」って、人間が本質的に望むものを、必ずしも保障しないですよね。あるときには助けになるけれど、あるときには障害になる。それを心のある部分は知っていて、でも、心のべつの部分は「こと・もの・行動・方法」に固執する。うまく行った、またはうまく行かなかった体験の記憶に基づいて。
一方、「こういうエネルギーや波動に触れているとき・こういう状態であるとき・こういう姿勢であるとき、心地良い/悪い」というのは、あまりブレがない。
心理学者のフランクルは、ユダヤ強制収容所での体験から、「在り方-Be」こそが、実は人間が望むものだ、と説いているそうです。私も体験的に、そのとおりだなぁと感じています。

  • ブレークスルーを体験して、はじめて認識の枠組みが変わる

天然さんが、感性や直感に導かれて歩むようになったなら、人生が大きく開けることでしょう。生きやすくもなるはず。

たぶんBigloveさんのおっしゃっていることは最終的に正しいのかもしれませんが、渦中にあるものにとってその最終ポイントに達するための方法はbigLoveさんからはけして示されません。そうすると、悩んでいるポイントがあるものに取ってはそれを解釈するのはその時持っている思考パターンでしかその言葉を解釈することができず、さらに悩みが深まったりしてしまう恐れがあると思います。天然さんと言う方に対しても感性や直感に導かれて歩むのがいいよと言っているけど、それは現在の天然さんの思考パターンの何らかの状態でうまく行えていないのかもしれないのですが、それがどうして行えてないかということは天然さんにはすぐには分からないのです。それで、もしかしたらそのことがいつかは分かるかもしれないのですが、もしかしたらすぐでないかもしれず、その間の期間天然さんはどうやったら直感や感性が磨かれるんだろうと問い続けなくてはならないかもしれず、非常に苦しくなってしまうような気がします。

2つの選択肢がありますね。
1. 今のまま、生きる。
2. 感性や直感に導かれて歩む。


2.を選んだなら、多かれ少なかれ、波乱はありますよね。慣れない生き方だから。悩みは今より深まるでしょう。非常に苦しくなってしまうかもしれない。
さて、では最終ポイント(ではなく、当座の目標なんですが)に達する為の方法が示されないから苦しむのでしょうか。示しています。たとえば・・・

大切なのは、自分をよーく観察すること。ありのままに。
そして、次の瞬間をどう素敵にしたいか、想い描きながら生きること。
その繰り返し。ただそれだけ。

いつも言われていたことですが、簡単なようで難しく考えてしまうんです。
そのときは「そっかー」と思いながら、少したつと忘れてしまう・・・。これパターンですね。

示されていても、その時持っている思考パターン(というか、認識の枠組み)でしか解釈できないから、示されていないように見えるし、苦しむのです。


思考パターン(というか、認識の枠組み)が変われば、苦しまないで済みますよね。
では、どうしたら認識の枠組みが変わるのでしょう・・・。


小学校高学年のとき。「バットの芯でボールを捉える」というのが、さっぱり判りませんでした。いくら思いっきりバットを振っても、ぼてぼての当たりばかり。
「今、バットの芯で捉えていない」ということはわかります。「芯で捉えると力を大して加えないのにスコーンと飛んでいく」らしい。でも、今はどう考えても違う・・・。
どうしたら芯に当たるんだろう?ボールを良く見ろ、ひきつけるんだ、スイングをコンパクトに、いや、もっとゆったりかまえろ、上から下に振れ、いや水平だ・・・言われれば言われるほど、矛盾しているようにも聴こえる。なんでちゃんと教えてくれないんだと腹が立ったりもする。自分のふがいなさに情けなくなる。苦しむ。ソフトボールなんてやめようとも思う。でも芯に当てたい一心で、もがきながら続ける。
ある日。「すこーん」・・・大して力も入れていないのに、外野の頭を超えて玉が飛んでいきました。それは、想像をはるかに超えてずっと素晴らしい感触。あぁ、これが「バットの芯でボールを捕らえる」なのか・・・。
体験してしまうと、矛盾して聴こえていたいろんな説明が、全部あたっていることがわかりました。で、それまでの苦しみが、あほらしく思えました。悩んだり怒ったりすねたり自己嫌悪してる暇があったら、ただただひたむきに、たくさん打席に立って練習すればよかった、と。
かといって、すぐに全て芯で捉えられるようになるわけではない。ただ「芯に当たる」という体験を一度すれば、いまがそれからどのくらい遠いのか、どの方向に修正すれば芯に当たるようになるのか、わかるようになります。この違いはとてつもなく大きい。そして練習を積めば、確率も上がる。


天然さんの例で言えば、「感性や直感に導かれるってこういうことか!」と体験すれば、認識の枠組みが変わります。今はまだ、引き合う体験がないから、どういうことなんだかさっぱりわからない。
わかるためには、体験するしかない。「きっとわかってみせるぞ」と決めて、やる。
体験できるまでは、感情が色々うごめくかもしれない。そしたら「心配してくれてありがとう」と感謝すればいいんです。「壁を超えないのもひとつの選択。でも私は壁を越えたいの」と。
やがて「あぁ、これかぁ!」と体験する日が来ます。奥深く望んでいるからには。
そしてその日が早く来るように、サポート部隊は、体験しやすいような環境を用意したり、彼女の現況をありのままフィードバックしたり、引き合いそうな体験談を伝えたり、参考になりそうな情報を伝えたり。
・・・といったことを、やっているわけです。


私も経験をつんでいますから、準備の出来ていないときに、どすんと真実と認識とのギャップを見せるようなことはしません。
とはいえ、Blogというツールは新しいですから、様子を見ながら進んでいます。たとえば友人間だけのBlogも併用してます。
Hiroetteさんの感情抑圧については、信頼できる心理分析の先生を見つけられ、ご自身の心理構造の理解が進み、かつ、そこを見逃して安易な理解にたどり着きそうなときがもし来たなら、お伝えしようと決め、ずーっと黙っていました。私も方法はお伝えしています。「ご自身をよく観察して」「幸せに前提条件は無い、自分のこころひとつ・という観方をしてみて」。このBlogにもいっぱいヒントはころがしてあります(^^)。でも、顔をつき合わせてお伝えできるわけではない。先生に「こんなことBlogで言ってくる人が居て、私こんな風に感じたんです」とお話されたほうが効果的。その結果、心理分析が少し早く進んだはずです。
憎まれ役だけを引き受けることも、時には必要。自分で全部やろうとせず、置かれた環境を活かしながら、効果的なことをやる。それが大切なんじゃぁないでしょうか。

  • 意図と方法

誰も天然さんのこと、否定してませんよ。天然さん以外は

こういういい方も非常に厳しいと思います。
ご本人は否定したくなくても否定してしまったりしていて、その自分をどうして止められるのかが分からないのに、この結論だけを言われるのは正直言って私は天然さんの助けにはならないと思います。

「どういう方法をとれば止められるのか分からない」・・・ブレークスルー前の人は、よくそう言います。
僕も言っていた。「どうすればバットの芯に当たるのか、分からない」やり方が分からないから、当たらないんだ、と。でも、たとえやり方を教わっても、当たるまでは「このやり方でいいんだろうか」って疑いを持っちゃう。「ちゃんとしたやり方を教えてくれないから当たらないんだ」と。
否定してしまっている自分を、どうしたら止められるか。
「止めると決める」こと。それしか方法はありません。
そして、ひたすら止め続ける。止め続けられない自分を否定することさえも止める。


意図をまず持つこと。方法は分からなくてもかまわない。
明確に意図を持てば、方法はいくらでも出てきます。
「方法が分からない」というのは、ブレークスルーしたくない意図が、まだ強いから。
「わかった、今のままがいいんだね。」と自分に言ってあげてください。
そして、「ほんとにいいの?」と。


(4/21追記)

人生で難しいことは、答えを得ることではありません。あなたの現在の問題を認識することです。何が問題か正しくわかりさえすれば、答えは必ず出てきます。

経験上、まさにこのとおりです。
こういうたとえ話を、聴いたこともあります。

ここに椅子がある、ここに石がある・・・ってわかってしまえば、それだけでもう、ぶつかったりけつまずいたりしなくなる。
椅子があっても目に入らない。石があっても無いことにしておきたい。すると、何度でも同じ場所で転んだり怪我をしたりするんだ。

そして言うんですね。
「またこけてしまった。怪我しちゃった。俺ってなんて運が悪いんだ・・・・・。」
違うんです。なににつまづいてこけるのか、観てないだけ。観たがらないだけ。不運で居たいだけ。


真実は、

でも、思うけど、今この世に生きている人はほぼ全員運がいいんじゃないかな、などと思ったりする。そうじゃなきゃ今頃ここにはいないよね。

ですよね(^^)