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ハーバード白熱教室 第7回 「嘘をつかない練習」カント 再放送
一日、雨。
ハーバード白熱教室 第8回 「能力主義に正義はない?」ロールズの正義論
NHK ハーバード白熱教室|講義詳細
”無知のベール”って、思いやりと想像の原理だなぁ。
「もし、自分が最も恵まれない立場だったら。」
「もし、自分が最も恵まれた立場だったら。」
・・・と、想像するための、とても簡明な原理。
無知のベールがあがったとき、少数派として抑圧されたくない・・・と誰もが考えるだろう。
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- 格差原理:富や収入の不平等は、最も恵まれない人の便益になるときだけ許される。
幸運に恵まれたものが手にする配分は、最も恵まれない者の便益になるという条件でのみ、正当。
いや、無知のベールがあがる前、一か八か、賭けに出る人も居るんじゃないか・・・に対して、ロールズはこう考えた。
”所得や富、機会の分配は、恣意的な要素に基づくべきではない。”
すると・・・
道徳的恣意性への対応
- 分配に対する正義
- 生まれで決まる・封建社会・・・論外。
- スタートに着く機会均等・リバタリアン・自由市場主義・・・進歩、でもまだ、生まれでスタート地点が違う。
- 公正な機会の均等・能力主義・・・同じスタート地点。一番速いランナーが勝つ。でも、速く走る才能に恵まれたのは、彼ら自身のおかげなのだろうか?依然として、自然が用意した幸運に左右される。
では、ハンディーをつける?結果を平等にする?・・・それでは、みなが低値安定。
で、
- 格差原理・・・”恵まれたものは、恵まれないものの状況を改善するという条件の下でのみ、その幸運の恩恵を得ることが許される”
あえて学生に、”能力主義”を擁護する意見を語らせ、論破していく。
リバタリアニズムのとき以上に、むきになる学生。ハーバードに進むに当たって、深く自分の支えとなってきた”努力”の価値を、揺るがされているからだろう。
努力へのインセンティブを、どう考えるか。
なぜ下に焦点を合わせる?上を伸ばせば、全体が底上げされる。
能力がある人が、最大に能力を発揮することをうながすのは、能力主義だけだと想う。インセンティブが減るから。
努力には報いるべき。
etc.
しかし、納得するときがくる。
・・・「ロールズは、努力や勤労倫理さえも、幸運に左右されるという。実際、テストしてみよう。この教室の学生で、第1子は手を上げて」・・・なんと、75から80%。サンデル教授も、能力主義擁護のマイク君も。
「君は、努力して先に生まれてきたのかい?」
努力しようとする性向さえも、自然の偶然がもたらしたもの。
笑うマイク君。
1コマ目の講義は、もっぱら学生に語らせる手法だった。
徹底した、そして暖かくユーモラスな討論と真実の追究が生む、開放。素晴らしい・・・。
2コマ目の講義は、うってかわって、サンデル教授の力強い語りが主体。
格差原理への反論と、答え
- インセンティブはどう観るか・・・認められる。最も恵まれないひとの便益からみてみる。もし、コメディアンや経営者のやる気をなくさせたら、面白いコメディ番組を観られなくなったり、働き口が無くなるだろう。インセンティブは与えるべき。
- 努力をどう観るか
- 勤労倫理や努力でさえ、生まれた順番や文化に影響される。自分の功績だとは主張できない。
- 努力と配分をリンクさせたがる人でさえ、本当は努力が分配の根拠に値するとは信じていない。努力ではなく貢献をリンクさせたがっている。セメント運びの例:逞しい労働者より、ひよわな労働者のほうが、たくさん努力をするだろう。でも、運ぶ量は少ない。果たして能力主義者は、どう配分したがる?
- 自己所有の原則(リバタリアンの基本原理)をどう見るか
- 自然の分配は、正義でも不正義でもない。単なる自然の事実。どう社会的に制度で扱うか、に正義不正義がある。
- そもそも私たちは、自分自身を所有していない。”自己所有の原理”は、自己の福利を確保したいがための原理・でもそんなの持ち出さなくとも、自己の福利を、よりよい形で保障できるじゃないか。
”道徳的な対価”と、”期待する資格の正当性”との違い。
宝くじ。これは、手続きの正当性と運だけで、正当な受領資格を得られる。道徳的な対価としてお金を得るわけではない。
では、技能のゲームは?・・・
大リーグの優勝。正当性を深く問われるよね。
コメディアンは、その皮肉を喜ぶ社会にたまたま生まれているから、たくさんの報酬を得る資格を有している・・・「おぉ!」とはじけて喜ぶ、レゲエ髪の黒人男性。
貢献とみなされるものは、いまの社会が偶然重んじるものに合致した資質が高いということ。
高度な法理論を戦わせられる弁護士は、偶然、訴訟を重視する社会に生まれたから、多額な報酬を得る資格を持つ。
もし、狩猟社会に生まれていたなら、彼は、少ない報酬を得る資格しか持てないだろう。
では、彼そのものの美徳と価値は減ったのか?
・・・少ない報酬しか得ることができない資格を持つからといって、そのひとそのものの価値が下がるわけではない。
偶然豊富に持っている資格を、偶然重んじる社会に生まれているからといって、自分に価値があると想うのは間違いである。
”道徳的な対価”と、”期待する資格の正当性”。
分配の正当性は、後者に属する・・・とロールズは言う。
機会と名誉については、どうだろう。道徳的対価なのか、正当な期待に対する資格に過ぎないのか。
次回、アファーマティブアクションを例に、取り上げる。
たたみかけるように、論理的に、熱く語る教授。
鼻っ柱を折られたような、居心地の悪そうな、腑に落ちないような表情の、学生たち・・・。
うーん、見ごたえがあった。
学生たち自身の問題として、彼ら自身がよりどころにしてきたであろう価値観を、深くストレートに問う。
人生観が、はっきりと揺さぶられた学生たちの顔・顔・顔。
手話ニュース
多摩川に、熱帯魚が・・・昨日の新聞投稿欄でも、この話題が。
水の60%が排水・おぉ!・・・だから、年間通して20℃強の水温。
NGOが設置した”おさかなポスト”・一日2000匹入っていた日も!
イ・サン
龍馬伝
名場面ぞろいだったので、BSでもう一度観た。
シネマ堂本舗
”誰も知らない”