グラン・ジュテ 尾道の景観を守る女性

1974年生まれ。
僕が足しげく尾道に通っていたころは、まだ10歳前後。そんな世代のひとが、街を守る核になって活躍されている。そうだよね、それだけの年月が経ったんだよなぁ。
一方で、彼女が再生した家たちは、25年間・・・ちょうど僕が通っていたころから空き家だったわけだ。
そう。あのころ、坂道の町の高齢化は問題になりつつあった。


かつては備後の商都だった尾道
福山に中心地の地位を奪われ、
造船業の衰退と、新幹線が停まらなかったことで、人口が停滞し。
それが幸いして、古い町並みが残り、大林監督の映画”転校生”で、その魅力が引き出された。
住んでいる人たちも気づかなかった、自分の街の魅力。全国から観光客が集まり始め、ロケ地を訪ねながら街歩きを楽しむ。
火災で空き地になってしまったところをポケットパークにしたり、寺を訪ね歩く道を石畳風のタイル舗装にしたり、


とはいえ、若い人たちはいなくなっていく。
住み慣れた家を離れがたい人たちも、高齢になれば、坂と階段の街には住みづらい。


あれから25年。
僕が備後を離れたあと、新幹線の駅ができ、しまなみ海道が完成し、尾道は再び交通の要になった。
番組で遠望する尾道の平野部は、ずいぶんビルやマンションが増えた。
ロケ地めぐりする若者を見て育ったこどもたちは、きっと自分の街を誇りに想いながら育ったことだろう。
ロケ地を巡った若者たちは、あの街で暮らしてみたいと想う歳になったかもしれない。


時の流れ。
10年・20年の単位で、動いていく。
機が熟する。すごい仕事をする。
ひとが集まる。
奔流となる。



素晴らしい空き家を、
リンゴを買うかのように、あとさき考えずにぽんと買い。
・・・なるほど、文句なく魅力的!
それが生きたお手本となって、2年で、大きなうねりとなっていく。


これだ!という、なにか。
飛躍の瞬間。


こころの遺伝子 西原理恵子さん

業。因果。負の波。

どん底でこそ、笑え。
アジアの人は、笑うのと泣くのが上手なんだ。


いのちを通じて、引き出される決意。

お前のいる場所は、ここじゃない。

はじめてだったんですよ。お父さんとお母さんがいがみあっていない家庭って。あれはいいもんですよね。

タイムスクープ 加賀藩の献上氷

先週の和算も面白かった。
今日も、なるほど。