ありのままを観たがらない、日本。

不必要に恐怖感を煽り立てた挙句、ぷっつりと取り上げられなくなった、新型インフルエンザ。
こんなに暖かくなっても、東京近辺では、変な咳をしている人を多数見かける。その多くは、咳エチケットを身につけていない。


今回のウイルス、感染者の多くは発熱すらしないという。
”風邪ぎみかな?”で済ませている人の多数が、実は、感染してても不思議ではない。


さらに症状が進んでも。
”熱が出たけれど、さほど高熱ではないし”
”高熱だけれど、新型のわけが無い”
”もし、保険所に電話して、”新型インフルエンザに感染した”と判明したら、まわりのひとたちから後ろ指を差されるのでは”


ウイルスのリスク評価を”ありのまま”行わず、「雰囲気」で危機感をあおりたて、不必要に厳しい制約を感染者・地域に課してしまったものだから、
”ありのまま”の感染拡大状況を把握することも、咳エチケットの普及など、ほんとうに必要な広報をなすことも、難しくなってしまっている。
それが日本の現況ではないだろうか。

 新型インフルエンザの集団感染で、福岡市が最初の感染者を発表した1週間以上前に医師から集団感染の兆候を報告されていたにも関わらず、適切に対応していなかったことが分かりました。

(中略)

 複数の医師が再三、市の保健所に詳しい検査を要請しましたが、市は検査を行いませんでした。

さらに外岡先生は、そのもっと手前、
5/25に米国人男性の感染が発覚したあと、なすべきことだったことについて、指摘している。

 保健当局は5月25日以降どのような感染予防対策を地域内でとったのだろうか?
 一人の発病者がいたのだから、数日以内には新たな発病者が出るのは予想されたはずである。
 以下の対策は急務であったと思うが、どうだったのだろうか?


(中略 具体的対策を詳細に記述)


  海外でも米国からの旅行客や帰国者が発病している例は多い。
  しかし、福岡のように簡単に集団発生は起きていない。


  今後各地で集団発生が起きる可能性はある。
  保健所を中心として自治体は、起きえる状況を予想して、早めに対策を立て、全ての危険性を潰してゆく意識で業務にあたる必要がある。
  発生してから状況を記者会見で発表するだけでは、**泥棒と同じとなる。
  ウイルスの遺伝子が云々という発表も良いが、本当に必要な発表はもっとあると思う。

 口癖のように、拡大する心配はありません等と、無責任な発言はするべきではないと思うし、それを判断したのが公衆衛生専門家だとしたなら、その根拠を明示すべきである。

船橋・横浜・東京・埼玉、いずれも「感染拡大の恐れなし」と言っているみたい。
そうではないだろう。
「季節性インフルエンザとほぼ同等の症状です。感染拡大を防ぐために、咳エチケットを身に着け、手洗いをしっかり」
・・・が、真実必要な発言なのではないか。
でも、”ありのまま”から目をそらして偽りの安心を得たいから、結果的に社会をリスクにさらすことになる。

 ウイルスはどこで感染したかは不明であるが、少なくとも首都圏では不特定多数の人々が感染している、または発病していると思われる。
 これらの人々からウイルスは周辺の人々に市中感染し、全国に広がっているはずだ。
 サーベイランスではどうなっているのだろうか?冬場の定点医療機関を対象にした方法では感度が悪いから、もっと感度の良い方法が必要だ。
 ニューヨークなどでは薬局での来店者に対する聞き取り調査、電話での聞き取り調査、救急外来受診者の状況から大体の発病者数を推定しているようだ。
 患者の発見ではなく、ウイルスの拡大状況をモニターするのである。
 通常の市民は家で寝ていれば治る。
 患者の発見システムを強化すればするほど、感染者差別につながり、発熱した多くの市民は家に閉じこもることになる。子供が夏風邪で発熱し、ママもウイルスをもらって熱を出すことも多い季節だ。
 熱を出すたびに、病気の不安よりも、万が一、新型だったらどうしようかという不安の方が大きくなるに違いない。
 発熱外来を受診して、新型と診断された後、どのような扱いを受けるのか、そうした不安の方が大きいはずだ。
 メールで、そのように訴える方がいる。
 万が一、自分の家から新型インフルエンザを出したなら、近所から白い目で見られる。
 たぶん、自分は熱をだしても、発熱相談センターには相談しないと思う、と書いている。


 何か魔女狩りに近い。
 戦前の”左翼摘発”にも似ている。
 保健行政は、ともすると、権力のもとに感染者を差別扱いしやすい傾向になる。
 感染者は市民ではないのか!と叫ぶ人がいた。それはある古典である。


 ハリウッド映画「ベンハー」でハンセン病の人々が住む隔絶された部落が映された。
 みんな顔を隠すように歩いていた。
 感染症は明らかに病原体の感染により起きるが、昔は祟り、災い、の類だった。
 今はどうなのだろうか?


一方、冬が近づき、感染が拡大しつつあるオーストラリアでは・・・

 さすが公衆衛生先進国は違うなぁ、と改めで羨ましく思った。
 ブタインフルエンザが子供達の精神状態に与える影響を危惧して、オーストラリア心理学協会が両親達へ、その対応方法を示している。
 先進国と途上国の違いは、このような人間的配慮が社会の中で行われているかどうかでも区別がくつのかも知れない。

さすがだなぁ。列挙されている対応方法のなかで・・・

・彼らが小耳に挟んだような明らかな誤解を含む情報に答えて(誤解を解いて)あげること。そしてフィクションの中から真実を選び出せるように助け舟を出してやること。現在の状況において真実を提供するということは非常に役に立つ。
豚インフルエンザ感染の可能性を減らすために政府推奨の健康習慣を確実に実行させること。

この2項、神戸・大阪では、しっかりとなされたようだ。しかし、日本のそれ以外の地域においては決定的に欠けているのではないか。
そして、それ以外の項目は・・・なんだか、日本政府の対応を見ているかのよう。われわれ日本国民は、お子様レベルなのかもしれないなぁ。

 一時はパニックを引き起こす程過激な報道を繰り返したマスコミであるが、現在は、ある意味では非常に重要な時期であり、この期間こそ、個人的予防対策、地域における予防対策等を、科学的根拠に基づいて社会に紹介してゆくべきと思う。

 今日、あなたは、ポケットにティッシュを何枚入れて外出します?
 今日、あなたは、帰宅するまで何回手を洗います?また洗顔します?
 今日、あなたは、ティッシュを取り出す前に、咳、クシャミが出そうな場合(人がいる、いないに関わらず)、反射的に袖の内側を口と鼻に当てることが出来ますか?

4日間居た、芦屋・西宮・大阪。咳をしている人自体、東京よりぐっと少なかったし、咳エチケットも守られていた。口を押さえずに咳をしてたのは、唯一人、心斎橋大丸の正面玄関内側で出会った若い女性のみ(^^;
私たちは、自分自身が痛い思いを実体験しないと、行動や思考を改められないのだろうか?!?