”サステイナブル(持続可能)”と”永遠の未完成”

なによりもショッピングセンターは計画が綿密に練られ完成した姿で建築され、竣工する。商店街のような可変性はない。全体の計画者がいない「街」はよくなることもあるし、悪くなることもあるわけだが、それでも生活する人の場としての街、街路は常に完成形ではないというところが大切ではないか。

家具屋の社長をやってる友人曰く、

ショッピングセンターの事業計画って、開業初年度が一番売り上げ多くて、年を追うごとにお客さんが減る前提で立てるんだって。おかしくね?
年を追うごとに、だんだんファンが増える。それが、まともなビジネスでしょ。
そうやって土地のエネルギーを吸い取っては、干上がらせて、
やがて巨大な廃墟が残る・・・


”常に完成形ではない”と聞くと、僕は反射的に、ディズニーランドや鉄道模型レイアウトを思い浮かべてしまいます。
アニメーション映画は、作ってしまえば、それで完成形。
ディズニーランドをオープンしたとき、ウォルト・ディズニーは「これでついに、永遠に完成しないものを手に出来た」と言ったとか。


たぶん、”綿密な計画”が問題の根底なのではなく、
”初年度が魅力最大、以後低減””創造性は建設時に集中投入して、あとは保守作業”という意図が、
壮大な消耗を生んでるような気がします。



東京ディズニーリゾートを、”計画都市”という観点からも、僕は注目しています。
たとえば巨大なショッピングセンターとして、あそこを捉えた時、上手く言ってる側面・失敗してる側面、どちらも観えてきて。
”街が魅力的になる”とはどういうことなのか、どういう枠組みをセットすれば実現するのか、示唆に富んでいるように思います。


イクスピアリってたぶん、”テーマパークで得た知見を生かして、持続可能なショッピングセンターを創ろう”という試みだといえるのでしょう。
今のところまだ、苦戦中・・・とはいえ、凡百のショッピングセンターや地方都市の駅前と比べれば、はるかに愛着が持てる街に育ちつつあるのではないでしょうか。