廃道

以前、ルート66の歴史を調べていて、アメリカの交通網の変遷を知った。

  1. 自然に出来た交易路(馬で行き交う)→
  2. 駅馬車が行き交う道(車輪で走破できる程度にフラットに)→
  3. 鉄道
  4. ルート66などUS Highway:舗装国道の整備(自動車の普及)→
  5. InterState Freewayの整備


日本も、時代はズレるものの、これに近い推移をしてるんだろうなぁ・・・
その実例紹介記事を見つけた。

明治時代に整備された馬車道と、昭和になってから整備された自動車用の道とがよくわかるレポートがこれ

日本の場合、明治時代に馬車道を整備したものの、高度成長期手前までは、鉄道に頼っていたんだなぁ。
高度成長期に、自動車走行用の舗装国道が整備され、オーバーラップするように高速道路網が整備されながら今に至る・・・という感じみたい。
アメリカの30年遅れくらいかなぁ。アメリカでは、20年ほど前、道路補修予算が膨大に膨れ上がり、危険なほど老朽化して、以後、新設よりも予防保全に予算を振り向けるようになった・・・と昨年末に新聞の特集記事で読んだっけ。なるほど日本は、これからそういう時期になるわけか。


しかし、積雪地帯の道路保守は大変なんだなぁ・・・
自然環境と道路について考えさせられたのが、この2つのレポート

人間って、とてつもないところに道路を創ることが出来る。その傷跡は、はるかかなたからしっかり目視できたりもする。
でも、廃道になってしまえば・・・あっという間に使い物にならなくなる。
跡形も無く崩れ去ってしまうものもあり、しっかりと残ってしまうものもあり。
明治時代に丁寧に詰まれた石垣が残っていたり、湿原の真ん中の一直線の茂みとなってしまってたり。


自動車ではなく、鉄軌道を物資運搬に活用していた例。
鉄道って、道路よりも重厚長大なイメージが、僕にはある。
実際、今、そういうものだけが生き残っているわけだけれど・・・
元来は、むしろ舗装道路よりも簡易な運搬手段として使われたりもしている。
森林鉄道はその一例。