プロフェッショナル 仕事の流儀 呼吸器外科医・伊達洋至さん

第144回 伊達洋至(2010年10月18日放送)| これまでの放送 | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
世界的に知られる、凄腕の医師。
なのに、そうは見えない。とっても普通。恐れを知り、謙虚で、思いやりにあふれる。穏やかな笑みをたたえながら、ひとと接する。
威厳より笑顔。

患者さんは、一生に一度の大きな病を患って、大変な不安を抱いて居られるわけですよね。
そんななか、暗い顔をして行ったら、心配されますよね。
気分が自分は下むいてても、顔だけは上むいてる、そんな感じですね。

肺癌の手術。
手術の時も、指示はいつも穏やか。スタッフに無用な緊張を強いないために。
穏やかに、着実に、正確に、困難な手術を遂行する。


肺動脈の縫合。破れやすく、血流が多い。血液が漏れないよう、0.1mmの細い糸を使う。縫う深さ・縫い目の間隔。血管の状態にあわせ、細かく調整する。
短時間で縫合を終えるため、針を受け取ったピンセットが、そのまま次を縫いにいけるよう、手の運びを工夫する。つねにその次の一手を考えて。
毎朝、ランニングとお寺への参拝。

患者さんの命が、私たち次第で左右される・・・恐ろしいですね。
手術に慣れてきた頃が一番、その恐ろしさを忘れてしまう頃が、恐ろしいので。


明るく振舞う患者さん、家族。
回復に寄せる思いと、命を失うかもという不安。
我が事として、しっかり受け止めながら、引き受け、それを力にして、手術にのぞむ。
最善の手技、それでもなお押し寄せる困難な事態、難しい判断、決断。


29歳の女性の、両肺同時移植。2割失敗する。しかし、このまま進行すれば確実に亡くなる。
自身の呼吸機能低下を百も承知で肺の一部を提供する、母とおば。
移植前夜、親族が集まり、手術の成功を祈る寿司パーティー
そのころ先生は、ガーゼで縫合を練習。難しい手術の前夜には、それが儀式になっている。

ほんとはクールに、最高の医療技術を淡々と提供すれば、それでいいのかもしれないんですけどね。
でも、私たち次第で、患者さんの命を救える。そう想うと、力が出るんですよね。

成功。
二日後、意識を取り戻した患者さんのもとに、家族が。手術前書いた「健康になったらやりたいことリスト」を手渡す。走りたい、甥や姪とおもいっきり遊んでやりたい、大声を出したい・・・


弱点はなんですか?

弱点ですか!
いっぱいあるんですけど・・・情にもろいところが、弱点でもあり、長所でもあるかな、と。


奥さんも医師。岡山に。3年前、単身赴任で京都に。自炊している。
忘れがたい15歳の患者さんの写真を見せてくださる。肺移植を待っていた明るい少女。しかし、提供者が現れないまま病状は悪化。院内学級に熱心に通い、中学卒業を果たし終えたすぐあと、亡くなる。

まだ15歳の女の子だから、やりたいことがいっぱいあったはずなんですよね・・・。かなえてあげられなかった。悲しい、悔しい。

そのすぐ後、24歳の女性が入院。日本初の本格的な肺移植を実施。その朝、容態が急変。心臓がいつ止まっても不思議ではない。押し寄せるプレッシャー。少女の写真に手をあわせて挑む。メスを持つ手が震えた。しかし、次第に不思議と落ち着き、困難な事態をついに乗り越え、成功させる。
患者や家族の強い思いが、力を与えてくれたのだときづく。


呼吸器外科のメンバーで、よく験担ぎに訪れるカツカレー屋さん。


5歳の少女への、肺移植。
少女本人にも、わかるようにきちんと説明。決意を引き出す。
そして、一時間に及ぶ、両親への丁寧な説明。

生命維持の妨げになると判断したときは、左肺も削除します。
「素人考えなんですが・・・なるべくなら可能性を残したいですよね」
いえいえ、わたしたちもご両親と同じ考えです。残せるんなら残したいと考えています。

手術前日、少女はスタッフ全員の似顔絵を書き上げ、看護師さんに託す。

どうしてこんなにみんなの似顔絵書いたの?
(さびしいから)
さびしい、さびしいか・・・
みんなに自分で配りたいんだよね。
(うん[声が出ない])

小さな胸に、お母さんの大きな肺を移植。
圧迫されて、十分肺機能を発揮しない・・・どうするか。やはり左肺を切除するしか無いのか。
「あと5分待とう」
・・・若干の回復。しかし、思わしくはない。
決断。
肋骨を開いたまま、皮膚だけを閉じる。心臓の肥大が収まれば、数日後肋骨をとじることもできるだろう。
30分後。肺がいい状態に!・・・おだやかにはっきりと、喜びに湧く。
そして翌日。順調に心臓肥大が収まり、肋骨をとじることが出来た!
其の次の日。手術後はじめて、ご両親と少女が対面。笑顔で見守ったあと、

患者さんが、順調に回復してるのをみると、
やってよかったな、と想いますね。
またやってもいいなって、想うんですよね。

謙虚で、誠実で、ありのままで。
印象的だったのは、患者さんたちの明るさ。
この先生と・このチームと、出会っているからこそ、なんじゃないだろうか。
家族や友人の愛を感じ、医療チームの想いを感じ、希望を見つめているからこそ、なんじゃないだろうか。
だからこそ、治癒率が高いんじゃないだろうか。


回復した患者さんたちの姿。



スタジオ収録がなくなった分、あえて現場をはなれたところならではの、ぐっと差しこむような振り返りや気づきはないかもしれない。
その分、日々どんな環境で、どのように生きて居られるのかは、ありありと現物証拠を伴って伝わってくる。
そういう意味では、プロジェクトXと対極かも。グランジュテ的。
スタジオ対談重視のトップランナーと、現場重視のプロフェッショナルと、個性を明確にふったと言えるかも。

天平の甍

プロフェッショナルの前、石窟寺院で、渡航してくれる師を探すのを諦め西方へ仏法探求の旅に出ようとする仲間と、殴り合いの喧嘩をするシーン。
そして、プロフェッショナルのあと、最後の渡航に赴くシーンからラストまでを、観る。


こんなに重厚な映画だったっけか・・・。
仏法に国境などない、求めるものがいれば、どこへでも赴く。
残るもの、旅立つもの、使命を果たし帰るもの、夢をあきらめ死を選ぶもの・・・。


そんな無数のひとびとのおかげで、いまのわたしたちの文化がある。
ギリシャから日本まで、あんな昔からつながっていた。


そしていま、
なんと障壁は低くなったことだろう。