爆問学問 清水哲郎 死生学 より良く死ぬための哲学

「いかに死ぬか」から始まった対話は、気づけば「いかに生きるか」と表裏一体となって進んでいく・・・。

問い:どんなふうに死を迎えたいですか?

死に方選びは生き方選び

死とはどんなものだと思う?

送       逝
    死
る       く

私たちは、
クワガタムシは死んでいます とは言うけれど、
母は死んでいます とは言わない。
身体に対して、死んでいる・まだ生きているというけれど。


居なくなった。行っちゃった・・・と思う。


動かなくなった と捉えるのと、
関係が切れちゃった、戻らない と捉えるのと。

大田:そういう意味で言うと、僕は毎日死んでると思う。
昨日の僕は、今日は居ない。
たとえばこいつ(太田さん)の奥さん、一緒に仲良く暮らしてたのが、離婚してもう帰ってこない。仲の良かったあの奥さんは、もう帰ってこない。

田中:そういう意味では、死んでしまったのに近い感覚がある。もう帰ってこないという。

毎日生まれ変わっています

太田さんの友人だった若いお笑い芸人。
癌になって。痛み止めの麻薬で、すっごく面白くなって。病室でギャグがどっかんどっかん受けて。
医療スタッフに、これを続けてると3日くらいしかもたないと言われ、判断を迫られて、家族も彼女も決めきれず、「本人に聴こう」
「三日かよ!」その言い方がまたおかしくて。「・・・それっぽちしかないんじゃ、いいや、やめよう」
でも、すぐ亡くなった。
彼女は、「なぜか幸せ。かえって闘病中のほうが辛かった。」お笑いを極めたいと願っていた彼が、極めたから。そして、彼とのつながりは、もう変わらないから。

最期って大事ですよね。
それが残された人たちの思いに焼きついてる。

物語られる人生 命
人生賭けて、その物語を生きてるなら、それをまわりがどうこう言えませんよね。

死は生者の物語の中にある

死に方 それは 生き終わり方