ロスト・ジェネレーション

”失われた世代”というよりは、”迷える世代””道を見失った世代”と訳したほうが、的確だろう。
本来は、ヘミングウェイや、フィッツジェラルドなど、1920年代から1930年代に活躍したアメリカ合衆国の小説家を指すそうな。

ロストジェネレーションの人々は、第一次世界大戦における大量の犠牲により、親世代が持つヴィクトリア期のモラルに対して冷笑的になったとされる。また、第一次大戦に遭遇したが故に、社会と既成の価値観に絶望し、その中で生きる羅針盤を失い、社会の中で迷った世代である。どの世代の例に漏れず、この例に該当する者と該当しない者の双方が存在した。
ロストジェネレーションは、20代の青年期を第一次世界大戦に蹂躙され、戦争によって死んだり、生き残ったが社会生活に支障を来たす負傷をした者も多い。40代に当たる1930年代には世界恐慌に遭遇し、50代を第二次世界大戦に蹂躙されるという、「貧乏くじ世代」であったとも言える。

で・・・日本においてはたぶん、ちょっぴり生年が前にずれているのではないか、と僕は推測している。検証しなくてはいけないけれど。
第一次大戦よりもむしろもう少し前、日露戦争やシベリア出兵のほうが悲惨だったようだ。
大恐慌も、遅めに来て、早く脱した。
もしかしたら更にもう1世代前、明治維新の内戦と、南北戦争とのずれも、きっと影響がみられると想う。


さて。
日本には、”プリンシパルが無いひとが多数を占める世代”が、明確にある。それって・・・

子供世代は概ね1910年代?1920年代の生まれに当たり、「世界恐慌第二次世界大戦に遭遇した世代」である。孫世代は概ね1940年代から1950年代の生まれであり、第二次世界大戦の最中か終結直後に生まれた世代である。曽孫世代は概ね1970年代から1980年代の生まれであり、1990年代の「アメリカナイゼーション」と呼ばれるグローバル資本主義や世界的不況に遭遇し、日本で「ロストジェネレーション」と呼ばれているプレカリアートが世界的にも多い世代である。
以下に挙げるように、この1880年代中期?1890年代に生まれた人々には、第二次世界大戦を惹き起こしたり、第二次世界大戦に関与した政治家が非常に多いが、彼らの経験が第一次世界大戦に根ざしている事は言うまでもない。

これと概ね重なるように、僕は感じる。
日本においては、「世界恐慌第二次世界大戦に遭遇した世代」が、欧米におけるロスト・ジェネレーションと同様な喪失感・冷笑感を持ち、その子、孫へと強く影響を与えているのではないか。


戦争の影響って、実に大きい。


なるほど、貧乏くじ世代。
でも、彼らだけが貧乏くじを引いたわけではない。
1930年代生まれは、育ち盛りの時期に、栄養失調状態だった。
1960年代生まれは、公害問題やオイルショックと直面しながら育ち、1940-50年代生まれが目先の利益優先の経営をしがちな中で、職場をまっとうに機能させようと奮闘してきた。


どの世代に生まれようと、
プリンシパルが無いひと”は、時代のせいにする。結果、自身の子供・孫世代に、しわ寄せをしてしまう。
プリンシパルがある人”は、時代を創ろうとする。すこしでも、より良い世界を、と。だから、幸福感が大きい。


たぶん、それだけの違いなんじゃないだろうか、貧乏くじかどうかは。



プリンシパルのある、なしという書き方をしたけれど、
突き詰めると、もしかしたらこれまた先々項同様、
”信頼”からスタートしてるか、
”不信”からか、
の違いなのかもしれない。


なにを信頼?
神を?世界を?規範を?自然法則を?社会を?他人を?親を?自分を?
・・・たぶん根っこは、自分への信頼。
信頼をベースに生きてる親に育てられると、自分自身への信頼が育つ。
不信をベースに生きてる親は、子供にも、自身への不信を育ててしまうだろう。


不信や懐疑から生まれた素晴らしいものも、たくさんある。
芸術でも、哲学でも、社会システムでも。
ただ、ご当人はつらいよね。



1920年代・・・ローリング・トゥエンティって、面白い。
”現代”が生まれたとき。
いろんなヒントが、この時代にあるように想う。