ゆがんだ100%志向
新型インフルエンザウイルス(H1N1型)の一部に、人に感染しやすくなる原因とみられる変異が見つかった
感染の広がり方に、地域により差があるように感じていた。
その理由のひとつは、これだったのかもなぁ。
夕刊に、秀逸なコラムが。
昨今、日本人は完ぺき主義に陥っている。食中毒が起こったわけでもないのに「賞味期限が切れているのに販売した!」と世間(=メディア)が糾弾した(結果的にもっと大事なことが隠ぺいされた)ころから、極端な完ぺき主義に突入した。
中央大教授殺人事件。報道を垣間見ると、容疑者の教え子に「ゆがんだ100%主義」を感じてならない。彼は「まぶしい存在」の教授に恋をした。教授が自分を無視するのが許せない。でも、卒論・就職問題で教授が面倒を見てくれた。うれしい。でも、教授は「100%納得できる進路」を示してはくれなかった。なぜだ? なぜ100%納得できる進路を紹介してくれないのだ! 教授なのに許せない……そんなふうに彼は“愛する教授”のストーカーになってしまった?
言うまでもないけれど、100%の学校、100%の病院、100%の人生……なんて、どこを探しても存在しない。
近年の日本社会のひずみを、スパッと言い表してると想う。
100%は、もろい。多様性を喪失し、自由意志を制約し、尊厳を損なう。
脳内に構築された”モデル”に、現実を合わせようとするのではなく、
ありのままの現実を、なるべくまるごと把握しよう。
”モデル”はあくまでも、そのためのツール。必ず誤差を内包するし、ひとつのモデルに頼るのは危険。多様な視点から見る必要がある。