記憶

ドラえもん最終回 投稿者:みゅ 投稿日:2007/02/14(Wed) 03:33 No.10405
詳しくはググってくれ。

不覚にも最後の4コマで泣いた
http://blog30.fc2.com/y/yonehan/file/final_dora.html

高校時代、シュレディンガーの「生命とは何か」という岩波新書を読んで。
内容はほとんど忘れてしまったけれど、ひとつだけ覚えているのはあとがき。
シュレディンガーはたしか、こんな考察をします。
「もし、自分が全ての記憶をなくしてしまったら。それでも、自分は存在するだろうか。」・・・たしかに存在する。自分ではそのことを感知できなくっても。
記憶をなくし、肉体をなくしても、存在する「自分」は、ある。それを魂というのではないか。


記憶をどんどんなくしていく、たしかアメリカのご婦人と、そのご主人との京都滞在記を、NHKで1年位前だったかに、観たことがあります。
なぜだか、とてもとても、感動的だった。
記憶が残らない、「今」しかない。そんな生き方の鮮烈さ。
そんなご夫婦によって、なにかが確実に生まれ、存在している。ご当人は覚えていなくても・・・。


リメンバー・ザ・ドリームや、スーパーダンシンマニアRemixで、忘れていた体感記憶が蘇る。そのときの空気そのままに。
自分の中にあった記憶というよりも、どこか自分の外の空間に蓄積されてた空気が、扉が開いて、今このときに戻ってきたような。
阿頼耶識に体験が蓄積される”って、こういうことを現してるのかもしれないな。