毎日新聞夕刊 考える耳「竹島の領有と江刺追分」渡辺 裕

「正しさ」や「国」と「アイデンティティ」や「損得」「利害」「平和」に関する記事を、このところいくつか書いてきました。それらと引き合うコラムが、掲載されてましたので、メモ。

対立のひとつのポイントは、両者とも竹島を古くから自国の「固有」の領土として認識していたことを主張し、古文書などに歴史的典拠を求めていることにある。だが、歴史的由来をたどればどちらに「固有」であるかが明白になるという思想そのものにそもそも無理がある。というのも、「固有」の領土などという考え方自体が近代の産物であり、歴史をたどればたどるほど、そんな考え方とは無縁の世界に行き着いてしまうからである。

そうなんですよね。日本の周辺だと、せいぜいここ150年くらい。
沖縄が中国と日本の2重支配を受けていたこと、北海道でも和人地と蝦夷地とに明確な線引きが無かったことを事例に挙げています。

われわれが暗黙のうちにこの「固有性」の論理にとらわれていることが、実は音楽にもいろいろな形であらわれてくる。その好例が民謡である。たとえば《江差追分》は「固有」の北海道民謡だろうか。(中略)地元の人によって、本場ならではの「正調江差追分」が保存されている、歴史を調べればその正統性が明らかになる、普通はそう考えるだろう。
だが全く違うのである。「追分」はもともと信州の馬子唄であり、(中略)そのうち越後に伝わったものが北前船に乗ってはるばる江差松前地方にまで運ばれ、それが今日の《江差追分》になったのである。
(中略)
民謡というものは口頭伝承で無限に形を変えながら、長い時間をかけて広い地域に伝播してゆくものであり、その性質上どれが本来の姿かなどということが特定できるものではない。それにもかかわらず、江差の「正調」が地元に由来する「固有」のものであるかのように捉えられているとすれば、それはそれぞれの地域には地元の歴史に根ざした「固有」の文化が存在するものだとする近代的な国家観や文化観に合わせて、後づけで形を整えられたからにほかならない。
実際、民謡の「正調」の概念は大正期前後にはじめてできたもので(中略)北海道と越後で「正調」の本家争いをしても仕方あるまい。
竹島の場合も同様だ。(後略)

個人のアイデンティティを、「正しさ」や「地域」や「国家」などにむすびつけて、もたれかかってしまう。そんな傾向を、現代の我々は持っているのではないでしょうか。
「さぁ、自分の生き方は自分で決めよう!」となった現代。生き方を他人から強制されなくなった現代。代わりに、なにかよりどころが欲しい・・・でも、「正しさ」や「地域」や「国家」などは、「自分」ではない。
アメリカが正義だ」「イスラムは偉大だ」・・・では、アメリカがあなたなんですか?イスラムがあなたなんですか?


自分が、ありのままの世界とともに、ここにいる。
その実感を持てているとき、アメリカ人も、イスラム教徒も、女性も、風も、土も、みな自分同様、世界を構成する要素。みな自分同様個性的。みな自分同様移り変わる。響きあう。


5年ほど前だったか、「悟るとは、差を取ること らしいですよ」と教えてくれた人が居た。これは大きなヒントになった。自分と世界とは、実はひとつづき。世界のエッセンスを個性的に集約したのが、ぼくであり、あなたであり、それであり、あれ。
そう捉えられているときには、伸びやかで自由。そして、損得や利害の調整が、変な色づけなくスムースに出来ちゃう。まだ、常時そんな風に捉えられているわけではないけれど・・・。

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