アンデルセン童話 The Princess and the Pea (邦題:エンドウ豆の上に寝たお姫さま)

http://www014.upp.so-net.ne.jp/ura-n/dubby/pea_princess.html
僕が連想したことを書いておきますね。
40枚もの布団の上から、えんどう豆に気づく人が実在するか否かは判りません(^^)が、人間の感覚って、本来はとっても鋭敏みたい。


たとえばスポーツ選手。最高に集中してるときって、F1レーサーが「路面に落ちてる石が見える」といったり、野球選手が「ボールの縫い目が見える」といったり。
僕自身も、テニスをやってて、一度だけ、すんばらしい集中状態を体験したことがあります。僕がどう打つと、相手がどう打ち返してきて、僕がどう打って・・・と、3球くらい先の展開が、ずぅっと読めちゃう。相手も僕と同様、読みきってるってことが、手にとるように判っちゃう。確かかなりの強風下でしたし、土のコートにテープのライン。球が流されたり、イレギュラーバウンドしたり。けれど、それも含めて、綺麗に対処できちゃう。互いに持てる力を全て発揮してる。厳しいコース、厳しいコースへ綺麗に打ち分けてる。でも、延々とラリーが続くんです。最高に楽しい!手加減まったくなし。いつまでも続くかのような至福のとき。結局「練習止め」の合図が聞こえるまで、その1球の打ち合いは続きました。「いやぁ、凄かったねぇ!!!」「はい、楽しかったです!!!」


自閉症の方たちも、とっても鋭敏な感覚を持っておられるようですよね。はるかかなたの気配を感じたり、におい、色、光。


たぶん我々は、本来持っている鋭敏な感覚を、かなり鈍らせて、麻痺させて、生活してるんだと思うんです。感じているけど感じないふりをしたり。それがあたりまえだと思ったり。抑圧して無理して、身体に症状が出たり病気になったり。


お姫様は、感覚を鈍らせなくても生きてこられた。
「なんで人類は王族やヒーローを必要としちゃうんだろう」ってのは、ここ1年で出合った問いなんですが、その答えの一つは、ここにあるのかもなぁ。


「豆」「ベッド」から、性的な連想もしちゃいますね(^^)。
処女崇拝も、根っこはこのあたりにあるのかもなぁ。人間、経験の積み重ね方で、感覚が麻痺することも、感性が育つこともあるよなぁ・・・。