信頼とは

ネット世代とPC世代を分ける「インターネットの隠れた本質」 http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001238.html

キーワードは、「ネットの向こうに存在する不特定膨大多数」への「信頼(トラスト)の有無」である。ネットの向こうに存在する千万単位、億単位の見知らぬ人々(有象無象)やその知やリソースを、当たり前の存在として心から信頼できるのが「インターネット世代」、頭では仮にわかっても心からは信頼できないのが「PC世代」。というのが、最近僕が感じていることを何とか言葉にしてみた結果である。

電車男さんのドラマも、まさにこの「信頼」がもたらしたといえますね。
2ch遊園地板で私が体験した、出会いや別れも、「信頼」と「信頼できない」がもたらしている。
「信頼」って何なのか。いかにして生み出されるのか。これを掘り下げることには、凄く価値がありそう。
上で書いた、クラスタ形成や、ノード間の相互作用(引力・斥力)と重み付けの原動力といえそうな気が。
引き続きhttp://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001287.htmlで探求されてます。わたしも探ってみよう!!!
以下、仮説と思いつきをメモ。

  • すべては必要だから起きている・・・と言う信頼
  • 妥当な願いはかなう、為されるべきことは為される・・・と言う信頼
    • 求めよ!さらば与えられん・・・への信頼

情報に関しては、求めれば与えられる。その真偽を見抜く感性さえあればいい。素晴らしいビジョンなら、賛同者も必ず見つかる。集まってくる。奔流になる。

  • 情報が限定されていることの価値
    • 誰が書いたかではなく、何が書いてあるかが大切

匿名性・物理的距離やバックグラウンドと切り離された「意味」のやり取り・・・が、固定観念や思い込みの邪魔を排除し、純粋なありのままの「意味」を抽出しやすくしている

  • 多様な価値観と、自分の感性への信頼
    • 罪を憎んで人を憎まず
    • 汝の敵を愛せよ

意見対立・論争・荒らしへの応対を経験するにつれ、真偽を見極める力が自分にあること、敵対勢力にみえるものも実は邪魔者ではなく価値があること・・・を会得してきた。
ネットによって、会得する機会は飛躍的に増えている。

なんだかこのところ書いてきたことが、もうすこしで全部収束しそうな・・・
まとめるとこんな感じか。まだ荒いけれど・・・

  • 人生の意味は、世界から価値を読み解き、より深く表現・創造すること・かも
  • webによって、その作業が容易・高度・多面的になった
  • 望むものがどんどん明確に、深く観える。発想がひろがる
  • 望みが的確、賛同者も集まる、よって、しかるべき結果にスムーズに行き着ける
  • 人生への「信頼」が増す
  • より「ありのまま」を観られるようになる

(2004/06/11 23:11追記)http://tamura.cocolog-nifty.com/tdr/2004/06/post.htmlに、「腑に落ちる」「感じる」と日々の修行とTDRの関係を書きました。